スピリチュアル・エマージェンシー

「スピリチュアル・エマージェンシー」。霊的な危機、とでも訳すんだろうか。この前、デヴィッドさんの講演音声を聞いてたら、この言葉が出てきたのだ。ACIMはスピリチュアル・エマージェンシーへ総合的対応マニュアルだ、みたいな発言だったと思う。この言葉をこういう文脈でデヴィッドさんが使っているのは初めて聞いたのだけれど、そうそう、言われてみれば、まさにそういう使い方で蒼い本を読んできたんだなあと、自分を振り返ってその指摘に共感した。

スピリチュアル・エマージェンシーという言葉は、トランスパーソナル心理学という分野で使われてきた言葉なのかな。ちょっと懐かしいような、少し前の時代の言葉って感じがする。ずいぶん昔、スタニスラフ・グロフという人の本を図書館で借りてきてぱらぱらとめくって、よくわからない本だなと、たいして読まずに返却したような記憶がある。ケン・ウィルバーもこの分野で聞く名前だけど、読んだことがない。名前だけはよく聞いたのに、なぜか興味が湧かず、手にすることがなかった。そもそもトランスパーソナル心理学って、どんなものかよくわかってないわたし。

去年あたりからか、ノンデュアリティ本の出版ラッシュの様相だったけれど、スピリチュアル・エマージェンシーという言葉も、もしかしたら再度、脚光が当たってもいい言葉なのかもしれない。これも最近、アジャシャンティさん( Adyashanti )とフランシス・ベネットさん(Francis Bennett )が意気投合して対談講演していたのを視聴したのだけれど、その講演の中で「感情」の取り扱いの重要性を改めて取り上げよう、という話があった。二人の対談は、エマージェンシーというよりは、霊的成熟(spiritual maturity )の文脈で進んでいったけれど、これは従来だとembodiment (定訳はなんだろう?・・・悟後の修行?) の文脈で語られてきたことかもしれない。でも、時間的前後の違いというだけで、これもスピリチュアル・エマージェンシーとの絡みで俎上に載りやすい話題なんじゃなかろうかと思った。

かなり久しぶりにBuddha at the Gas Pump のインタビューを見てみたら、Chris Beckettさんというミュージシャンの人が、別にノンデュアリティとか興味なかったのに、いきなり覚醒してスピリチュアル・エマージェンシー状況に陥って、マジ死ぬと思った、という話だった。物静かで、朴訥とした感じの人だったので、この要約はいまいちご本人の雰囲気を伝えられていないけど(笑)。いわゆる探求者として長年やってきて覚醒に至るみたいな話のほうが発信されやすいけれど、このいきなりピカーン、そしてエマージェンシーで死にそう、みたいな人が実は密かに増加してて、人知れずのたうち回ってたりするのかもしれない。Buddha at the Gas Pump の最近の出演者のプロフィールに、こののたうちまわり系の話が何人もあったので、そういうブームなのかと我田引水的にまた思った。

日本人でACIM教師を看板にしてる人で、分離感が浄化されていくプロセスにおける、このスピリチュアル・エマージェンシー状況を適切に対処できる人はおそらくまだいないのではないかと思う。ACIM教師ではないけれど、わたしが身近に感じて、その体験からも信頼できると思えるのは、以前紹介したことのある中野真作さんというスピリチュアルセラピストの方だ。ネットでは偶発的な覚醒者の発信はかなり増えてきた印象だけれど、長年かけて、この霊的な浄化に伴うしんどさに自ら取り組んでこられた経験は中野さんのセラピーに生かされていると思う。なにせ最初の覚醒から25年近く、断続的にそんな体験をくぐり抜けてこられているわけで、絶対真似したくない感じではあるのだけれど(笑)。中野さんのお話会にわたしは二度ほど参加させてもらった。参加してただけなのに、宿に帰ってから、ちょっと言葉にしにくい奇妙な体験をした。わたしはセラピーを受けてないけど、別の機会に相棒のマイティさんがセラピーを受けてて、短時間で驚きの体験をして帰ってきた。中野さんは、いろいろ印象の強く残った方なのだ。近頃、動画のアップも始められて、なんか重い話をされてるのに、見てるとなぜかこちらがニヤけてきてしまう不思議な雰囲気をお持ちの方だ。

スピリチュアル・エマージェンシーとは関係ないけど、Buddha at the Gas Pump の今後のインタビュー予定者を眺めてたら、8月にACIM教師のゲーリー・レナードさんの名前が挙がってた。ホストのリック・アーチャーさん、いよいよ見境がなくなってきた感じだ(笑)。

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