模範

映画を観に行った翌々日、大阪で姫乃宮亜美さんという方の講演会に参加した。30年に渡り、霊的なメッセージを伝えている方だ。わたしはこの種の講演会やセミナー、ワークショップにはこれまでほとんど参加したことがないのだが、マイティさんは亜美さんのことを20年前から知っていて、東京に居た頃はコンスタントに講演会に足を運んでいたという。当時、亜美さんのお話は理解できなかったのだが、この人は真実を語っているはずだと直観的に感じて、とりあえず講演会には通っていたという話は、マイティさんのブログにある通り。

亜美さんのことはお名前だけは以前から知っていたけれど、ふわふわとした印象のプロフィール写真だけを見て、あんまりわたしが関心をもつような人じゃないだろうと思い込んで、特に情報に当たってみることもしなかった。マイティさんは発売されているDVDをほとんど全部持っているので、知ろうと思えば知ることができたはずだけど、興味が湧かなかったのが正直なところだ。

ところが、講演会で壇上に立たれた亜美さんの姿を見た時の第一印象は「つ、つよい!」だった。やさしく、やわらかな雰囲気をまとってらっしゃるのに、トータルでは「つ、つよい!」という印象なのだ。外見はこじんまりとした女性なのに、その印象は揺るがない巨木のようにも見えて、とても不思議だった。講演は前半2時間半、30分の休憩を挟んで後半1時間半、亜美さんがぶっ通しで話し続けるのである。終始一貫して、やさしくやわらかな物腰、口調で淡々と話されるのだが、それが2時間半、全く調子が変わらないのだ。ちょっとありえない。普通の人が講演していれば、ちょっと疲れて間延びしたり、集中力が途切れてくるのがわかったりするものだが、それが一切無いのだ。ずっと同じ調子。講演が終わると、ただ聞いてただけのわたしたちの方がぐったりしてしまった。

旅行から帰ってきて数日後、近頃ほぼ毎日更新されている亜美さんのホームページに、映画「メッセージ」を観てきました、という内容のエッセイがアップされた。ちょっとシンクロニシティぽい。講演会ではそんな話は一切されておらず、観に行かれたのはわたしたちが参加した講演会の後のことだと思う。その内容を読むと、やはりというか、これから地球人類に到来する意識の変容について書かれていた(こちら)。亜美さんはそれをすでに経験してしまっている人なので、映画の内容と、それを実際に生きている人の存在とが重なって、奇妙なリアリティがあった。映画の主人公に生じた新しい時間意識が、愛によって開かれるのではないかというわたしの感触は、さらっと亜美さんのエッセイの中で触れられていて、やっぱりそうだよねと確認できた想いだ。

いったんご本人の姿を直接見てしまうと、急に興味がわいてきて、亜美さんのご著書を二冊ほど購入して読んでみた。こちらこちらである。どちらも古本でしか手に入らない、20年ほど前に出版された本なのだが、読んでみて圧倒された。亜美さんは別に蒼い本なんか読んでないだろうけど、めちゃめちゃハイレベルな蒼い本の実践者みたいだと舌を巻いた。

ここで亜美さんのプロフィールについて少し触れておく。年齢を公表されていないのだが、おそらく20歳前後の頃、神秘体験を通じて、生まれる前からしていた約束、メッセンジャーとして地球に愛を伝える役割を思い出したのだという。これじたいはいかにもスピリチュアルっぽい話だ。しかし、霊能が開いてしまった後の試練が壮絶だったことが伺えた。亜美さんの文章ではそれほど大げさに書かれていないのだが、わたしやマイティさんが赦しのプロセスでのたうち回ってきたのと同質のことを亜美さんが通過してきたことは容易に読み取れた。それも社会経験もない20歳前後の年齢で、半ば自動的にそれが始まってしまったのだ。霊能者が修行期間中にかなりハードな試練に遭遇することもめずらしい話ではないのだが、人に愛をもって接する、人に神性を観るという姿勢を、一筋縄ではいかない厄介な人たち相手に、一貫して保つための努力が半端ではないのだ。霊能が開いてハイ完了って話では全くない。亜美さんは、特殊能力者というより、赦しと愛のハイレベルな実践者であり、積み重ねられてきた努力、専心が現在のプレゼンス、霊的成熟につながっていることがよくわかる著書だった。

蒼い本の理解に関してわたしはデヴィッド・ホフマイスターさんに負うところが大きいのだが、日本人で、尊敬できる赦しと愛の実践者としては、今後、亜美さんの名前を挙げないわけにはいかないだろうと思った。はっきり自分の模範となる人を見つけた、そんな感じだ。マイティさんがいくら亜美さんのことをしゃべっていてもずっと無関心だったのに、タイミングがやってくると「この人、すげー!」ってなるのは、デヴィッドさんのときも同じだった、そういえば。学びにはなんでも時期、タイミングというものがあるんだと、今回も確認した次第だ。

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