不可解な吐き気

(つづき)衝撃的な理解だった。マイティさんと会話を終えた後もその感動の余韻は続いていたのだが、食事をして、風呂に入ると、なんか変なのだ。むかむかする。感動の後に、なぜかむかむか。むかむかはしばらくすると吐き気に変わっていった。あら、食あたり? 食べたのは焼き餃子なんだけど。なま物じゃないし、賞味期限内だったはずだし、そもそも餃子で食中毒になったことがない。中国産でメタミドホスでも入ってたんだろうか、でも確かあの餃子、日本製だったしな。もともと胃腸は丈夫な方である。まだ寝る時間でもなかったのに、むかむかするし、けだるいしで、早々にふとんに入った。

ふとんに入ってからもむかむかは続いて、悪寒までしてきた。まだ実際に吐くほどではなさそうなので、することなくて祈っていた。病気は真理への抵抗。でも、延々むかむかは止まらず、寝るに寝られない。さっきbeing にfaithを打ち立てるって気づいたんだから、それやれば吐き気治るかなと思って、頭の中で色々試すのだが、特に効果は感じられない。うとうとしながらも、完全に寝入ることができずに1時、いっそ吐いてすっきりしてから寝ようとトイレに行ったが、出るものが出ない。そして夜中の3時、もう自分にはわからないんだ、わからないことを信頼するのが信仰なんだ、となぜか合点が行ったら、吐き気が突如マックスになり、トイレに急いで駆け込み、無事お見送り。血肉にできなくてすまんかった。でも寝床でリバースする不安がなくなったので、ようやく寝れた。

次の朝。まだむかむかする。それどころか、明らかにしんどい。そしてこの日はそのまま寝込んで1日を過ごすことになった。起きてられないのだ。感覚的には38度5分の発熱で寝込んでるような感じなのだが、体温を実際に計ると37度。微熱です。何度も測り直すがあまり変わらない。

横になったまま、朝からスカイプアプリでマイティさんと会話する。「あなた、Hさんに殺されたことあるんじゃない?」。マイティさんのインスピレーションにより、前世ストーリー再開。Hさんとは、結構長い間赦しの対象となってきた人物だが、もう終わったと思ってた案件だった。わたしが殺す側に立ったケースでの処理はこのブログに書いた以外にもあったのだが、そういえば殺されたケースはやってない。殺された側の立場で、Hさんから回収処理が可能かどうか試したら、あ、できる。不思議なことにHさんに殺されたという視点で回収処理を行ったら、昨晩からのむかつきが急速に収まっていった。しかし、これがこの日の回収解除処理の幕開けで、普通なら1日1件の処理でいっぱいいっぱいぐらいのエネルギーが、この日は寝込んでいるのにも関わらず、7、8件ぐらい次から次へと溢れてきた。1時間起きてエネルギー回収にフォーカスしては、またうとうとして睡眠中処理。それを7、8回繰り返した。もうぐったりである。

誰かを殺す、誰かに殺される、といった出来事で生じる激しく大きなエネルギーは、大抵、同じ人生の中では解消できずに、複数の転生で分散処理するものなのかもしれない。誰かを殺すには、普通、その相手には殺されるに値する罪がある、と衝動的にでも信じているだろう。そして、殺害行動によって、相手が破壊され、死亡しなければならない。存在は死滅させることができる、という信念のもと、殺害行為は肉体へと向けられる。たしかに肉体は殺害され、それをもって相手の存在を死滅させたと信じることができる。軍人が職業的に人を殺すのは動機においてまた少し事情が変わってくるが、それでも肉体破壊行為によって存在は死滅させられる、という信念が前提になっているのは同じだ。

相手に罪があること、相手の存在は殺害され、消滅させられること、これは両方とも分離の信念である。我々の本性が無罪不滅であると知っている視点からは、殺害行動は意味を成さない。殺害行動が意味を成すと信じている時点で、我々は自分たちのことを肉体そのものだと信じている。殺した殺された、という潜在意識に持ち越してきたエネルギーを処理しなければならなくなったのも、殺害は可能だ、という信念と密接に結びついた肉体への同一化信念が、緩んできたからかもしれない。

『 あなたの肉体と自我の夢が消え去ったとき、あなたは自分が永久(とわ)に続くと知るだろう。おそらくあなたは、これが死を通して達成されると考えているに違いないが、死を通して達成されるものなど何もない。死は無だからである。すべては生命(いのち)を通して達成される。そして、生命(いのち)は心に属し、心の中にある。肉体は生きもせず、死にもしない。生命(いのち)そのものであるあなたを、肉体が包含することはできないからである。私たちが同じ心を共有しているのであれば、私が死を克服したのだからあなたも死を克服できる。死とは、何も決断しないことにより葛藤を解決しようとする試みである。自我が試みる他の不可能な解決法と同様に、それはうまくいかない。
 は肉体を作らなかった。なぜなら肉体は破壊可能だからであり、したがって、神の国に属するものではないからである。肉体は、あなたが自分は何であると考えているかを象徴するものである。それは明らかに分離のための仕組みであり、したがって、存在しない。(奇跡講座テキスト T-6.V.A.1.~)』

深夜の嘔吐、引き続く朝のむかむかで始まった一日は、その日の夜の10時半頃、「あ、終わった」というインスピレーションとともに、赦しのエネルギー処理も収束していった。そこから微熱も引いて、翌朝、病み上がり感はあるものの、峠はすっかり越したようだった。

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