輪廻(3):新鮮な視界

マイティさんの、魔女裁判の記憶に端を発した気づきから1週間、案の定、わたしにも気づきがやってきた。同じ信念も、転生によって立場が変わると全く別の体験の仕方をする。このテーマを頭のなかでころがしている時、ふと、自分は隷属「させる」側になったことはなかったのだろうか、という疑問が浮かんだ。

このブログでは、わたしのコアGuiltとして、「忠誠・隷属」Guiltと「わかる」Guiltの解除について何度も書いている。特に忠誠・隷属Guiltは、あるかどうかもわからない軍人の転生までひっぱりだしてきて、赦しを進めてきた。そしてその赦しは、忠誠を「誓う」側、隷属を「する」側で一貫して進めてきた。この忠誠・隷属Guiltの解除は、去年の5月頃にほとんど終わった気がしていたけれど、結局、その後も断続的に処理が続いて、9割がた済んだものの、まだあと1割、なにかひっかかるものがあるなあというのが、現在の感触だった。そしてその残りの1割は、どうも、忠誠を「誓わせる」立場、隷属「させる」立場での赦しが必要なのかもしれない、そんなことをマイティさんの件をきっかけに思ったのだった。

隷属させる側の立場を、ただ想像の中だけでも追体験してみようとするのだが、かなり抵抗があるのと、そもそもリアリティがない。そりゃずっと隷属する側の人間として自己規定してきたのだから仕方ない。軍人の前世までそうなのだ。けれどそれでも続けて、追体験してみようと想像をめぐらしてると、隷属Guiltについて癒しが終わっていないと感じていた残りの1割のひっかかり、エネルギーブロックに「かつん」とつきあたった感じがした。なんかある。

そのエネルギーブロックに、隷属「させる」側の自分として注意を向け続けていると、ある光景、イメージが浮かんできた。白っぽい鉱山、石灰を採掘するところだろうか、そこに、上半身裸の色の黒い労働者が、石灰をつめる麻袋のようなものを振り回している様子。わたしはその労働者を管理する係のようだ。イメージは断片的で、ストーリーがあるわけでもない。ただ唐突に浮かんできたその光景は、隷属させる側の想念、感情リアリティを活性化させるには十分だった。

フリーズドライされていたエネルギーブロックが、注意を向けることで、ゆっくりほぐれて、自分がこの人生で体験したことのない感情リアリティが湧き出し始めた。

『 弱くて、生きる力の無いお前たちが悪いんだ。お前たちは、わたしたちに従っていればいい。それで生かしてもらえるんだから、ありがたく思え!』

すごい上から目線。でも、管理対象の労働者と自分とは、もともとの身分、素性はそれほど変わらず、少し能力があったから、鉱山を運営する組織に監視役として取り立ててもらった程度の違いしかなさそう。だから、必死で自分の優越性を誇示し、相手を弱いもの扱いして嫌悪し、そして、弱いんだから従え、とコントロールしよう、支配しようと躍起になってる。

・・新鮮だ。自分のなかに湧いてきた感情リアリティとはいえ、こんな目線、態度、この人生で体験した覚えがない、実際そんな立場に立ったこともない。そもそもわたしのパーソナリティじたい、他責か自責かといえば、自責の側に重心がある。特に隷属Guiltについてはそうだ。だから、完全上から目線の、この絶対他責みたいな視界というのは、かなり新鮮なのだ。人をコントロールしたがる人間、権力欲にまみれた人間の心理がどうしても肌感覚で理解できず、なんとか知的に理解しようと「毛沢東の私生活」なんて本を手に取ったりしたこともあった。なぜかというと、わたしは隷属する側の人間として自己規定しているので、権力者の心情を予め知って、自己防衛したかったのだ。そのくらい肌感覚では彼らの動機がわからないのだ。

でも、石灰鉱山の労働者監視役の、絶対他責の立場を追体験した時、初めて感じた感覚があって、それは、他人を従わせることで、まるでその人達のエネルギー、生き血を吸いとるような感覚があって、それが自分と自分の属する組織を増強させる、それで自分が安心や充足を得られる、そんなエネルギーの流れ、動機があるのだ。けれどそんなふうにエネルギーヴァンパイアのように吸い取らないといけないのは、自分のなかにもともと欠乏感や弱さの感覚があるからなのだが、それは見事に従わせる相手に投影されていて、相手が弱いから自分は力を行使して、相手を従わせる、エネルギーを吸い取る権利があるのだ、くらいに思ってる。自分の優越性を維持するためには、いくらでも相手の足元を見て、弱みを突くし、少しでも反抗しようとすれば力で征圧しようとする。

なんだろう、この新鮮な感じ。すごく原始的だが、とてもシンプルだ。他責的な権力欲というのは、こんなふうに体験されるものなんだろうか。これがわたしのなかにあったにもかかわらず、フリーズドライされていて、全くその感覚を活用することも理解することもできないできたのだ、おそらく前世においてすらも。隷属「する」側からの赦しが完了したから、隷属「させる」側からの視点を許可されたんだろうか。以前だったら、こんな追体験、できなかったと思う。

フリーズドライされていたエネルギーブロックがほぐれたところで、隷属させる立場での投影回収解除≒赦しを試みたら、2日ほど調子が悪くなった。エネルギーが大きく急速に動くといつもそうなる。でも、隷属「する」側のGuiltを解除するのに4年以上かかったのと違って、これは1週間もしないうちに処理に片が付きそうな感触。

わたしのなかには、「隷属」じたいに価値をおく信念があって、ほとんどの期間、隷属「する」側の立場で赦しを進めてきたが、隷属「させる」側のエネルギーもフリーズドライされて存在してて、そのせいで、「隷属」の価値ぜんぶを手放しきれてない感じが残り続けたのだと思う。それが癒しの終わりそうで終わらない「1割」の部分だったのだ、たぶん。隷属Guiltが抑圧してきたSin(罪)は、隷属「する」Guiltだけでなく、隷属「させる」Guiltも解除されて、ようやく、聖霊の光、愛が十全に注ぎ込まれることになる。

全体に渡ってほとんど妄想の主観的ストーリーを書いたが、赦しを進める上で、感情リアリティをつかむには十分なのだ。実際にあった前世なのかどうかは、たいした問題ではない。いま自分のなかに浮かび上がった感情リアリティ、それが赦しに用いられるのだから。

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