輪廻(2):立場変われば。

(以下の記事はマイティさんの『赦さない、と決めたこと①~③』あたりを踏まえて書かれています。)

過去世ストーリーが「現在において」抱える信念を照らしだす、というテーマは、わたしもマイティさんも現在進行中で気づきと癒しが展開している案件なので、どこから書き出していいか考えあぐねてる。わたしが過去世を題材にとりあげたのは、マイティさんに起こった気づきがあまりに衝撃的で、興味深かったからだ。

魔女裁判を主導した中世の修道士としての過去世において、マイティさんが強烈に打ち立ててしまったのは「女に神の愛が流れることを許さない!女が神の愛に触れることは許さない!」「神の愛に触れるのは、この私だ!」という信念だった。そして何より興味深いのは、女性として生まれた現在のマイティさんの潜在意識に、この信念はいまだ強く根を張っていて、今生におけるマイティさんの知覚を支配し、この人生での体験に色濃く影を落としてきたということだった。

マイティさんのなかには、男性の立場からの、強烈な女性差別主義の信念があった。しかしマイティさんは今生、女性として生まれている。だから意識の表面では、男性として女性差別主義的信念をもっているという自覚が彼女にはずっとなくて、女性に生まれてしまった自分は呪われた運命だと信じ、遭遇する出来事ひとつひとつがその呪いを実証するかのように体験されたのだった。この呪われた運命に抵抗するためにパワーを得なければならない、そう信じてこの人生を生きてきたマイティさん。抱えている信念は同じままなのに、立場が男性から女性に変わっているために、その信念がねじれて意識表面で自覚されてしまった。そして自分がもともともっている信念の全貌を把握しないまま、人生の大半を過ごしてきた。家父長制的、あるいは男尊女卑的な雰囲気の強い家庭環境で育ち、大人になってからは何度も男性関係で踏んだり蹴ったりな思いをして、挙句、前夫との関係では半殺しの目にまで遭っている。そうした人生のシナリオも「女が神の愛に触れることは絶対に許さない」と潜在意識で信じていなかったら、全く別の展開を見せて、色々傷も浅く済んだかもしれないし、そもそも起こらなかったことばかりかもしれない。でも、当人には自覚がないのだから仕方なく、目一杯ダメージを受けまくり、最終的に蒼い本にすがりついたのだった。

潜在意識に隠れた信念が知覚を支配し、その知覚が判断、行動、体験を左右してしまう。これほどまでに信念が人生体験を支配しきってしまう様を見ると、呆然とするしかなくなる。けれどそのような信念がようやく今になって意識の表面に浮上することができたのも、この人生での苦渋、辛酸を舐めた数々の出来事の赦しに、集中的に取り組んできたからこそだと思う。赦しの取り組みがなかったら、潜在的信念に知覚を支配されたまま、もうロボットのように自動プログラムで人生シナリオに翻弄され続けることになっただろう。もともと無辜の女性を火あぶりにするほど激しい信念を、女性の立場で抱え続けて生きていけば、その人生体験がどれだけ悲惨なものになるかは容易に想像がつく。

直線時間的に輪廻転生を捉えようとすると、マイティさんの体験も因果応報じゃないかと言われてしまうかもしれない。けれど蒼い本の枠組みで捉えるならば、過去世も未来世も、現在において同時に展開している幻想だということになる。原因のレベルで抱かれた分離の信念・自我の思考は、今生だけでなく、性別を変え、人種を変え、立場を変え、時代・状況を変えて、無限のレパートリーで同時に展開しているのかもしれない。赦しに取り組んで原因にアプローチしないかぎり、人はどんなに一生懸命生きているつもりでも、その転生におけるシナリオの範囲内で、自動プログラムをなぞるように生きてしまうのだろう。マイティさんの潜在意識における信念が、どれだけ彼女の人生を強力に方向づけてきたかを思えば、自動プログラムという言い方も多分言い過ぎではないと思う。

ところで、マイティさんとわたしは気づきの性質や歩調がずっと同じ調子で進展していく不思議な関係である。マイティさんが上記のようなインパクトの大きい気づきを、前世ストーリーとのからみで展開させたとなると、これまで通りなら、わたしにも似たような気づきがやってくるはずである。

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