狙撃手の苦悩

ここのところ、もっと聖霊の声をクリアに聞かせてほしい、と祈ってきた。自分のなかで、聖霊の声を識別するポイントというのは段々固まってきてはいるものの、てゆーか、もっとはっきりしゃべれよっ!的なストレスは時にないではない。もちろん、聖霊は常に語りかけているそうなので、わたしのほうが、聞きたくない!、というスタンスを取っていることに自覚がないだけなのかもしれない。

ある件で癒しが済んだかなと思った途端、ある映画のイメージがやたらとちらつき始めて、頭から離れなくなった。「アメリカン・スナイパー」。現在公開中の映画である。ちなみに、癒しの内容と映画の内容とは全く関係がない。この映画を全く知らなかったわけではなかった。戦争に関する映画で話題になったものは、一応チェックする習慣はある。この映画もチェックはしていたし、動画で予告編などを見てはいた。でも、わざわざ観に行くほどのものではないかな、とスルーしてしまっていた。そもそも、最新作の映画を公開している映画館がやたら遠いのである。地方在住の哀しみ。電車に乗れば2時間はかかる。各駅停車だと3時間である。最新作を観ようと思えば、映画のチケット代の3倍ほどは別途で見積もっておかねばならない。最近、DVD化されるスピードも早くなって、気がついたらDVDになってる。特に焦って観に行かねばならない映画なんて、まず無い。しかし、観に行ったのである。行かされた、というのが実感である。誰に?。聖霊に、である(笑)。

脳裏にこの映画のことがちらつき始めてから、自分の意志とは無関係に、身体のほうがお出かけの準備をする態勢になっていくのである。実際、映画ごときにこの出費は避けたいのがホンネだった。聖霊にたずねてもみた。ほんとうにこの映画観に行かないといけないのか、と。だが、肉体がすでに準備を始めていて、いまさらそんな質問は愚問だわね(ハハハ)、みたいに取り合ってもくれない感じである。感覚的には、雪崩か土石流に押し流されるように、気がついたら映画館にたどりついてしまっていた。

こんな映画だ。聖霊の導きで抗し難く観ることになった映画である。しかし、非常に淡々とした映画だった。感動の渦に巻き込まれたかというと、それほどでもない。緊迫している映画ではある。戦争モノだし、当然だ。わたしは軍隊経験があるわけでもないのに、戦争に奇妙な感情移入のある人間なので、上の動画にもあるが、主人公が、戦死した戦友の棺にひざまづくシーンには、やはり嗚咽しそうにはなった。だがしかしこの映画、普通の日本人にはスリルはあるものの、いわゆる戦争の悲惨さ、理不尽さを伝える映画以上のものではないんじゃないかな、という印象だった。

ただ、映画のエンドロールを眺めながら、蒼い本の一節が降ってくるように思い出されていた。

『私は、真に助けとなるためだけにここに居る。
私は自分を遣わした聖霊の代理としてここに居る。
何を語り、何を為すべきかを、案ずる必要はない。私を遣わした聖霊が私を導くからである。  
聖霊が私と共に行くと知っているので、私はどこであろうと聖霊が望むところに居ることに満足する。
聖霊に癒やすことを教えてもらうなら、私は癒やされるだろう。
(中央アート出版社 奇跡講座テキスト 63ページ)』

これは昨年日本で公開された映画で、やはり戦争モノである。戦争は、「敵」との戦いである。そして、その戦いを「仲間」と共に戦うのである。生死がかかる戦闘では、仲間との結びつきも一種独特なものになる。その一方で、敵は無慈悲に殺さなければ、自分が殺されてしまう。戦場とは、敵との絶対的な分離と、仲間との命を預け合う信頼とが同居する、皮肉な場所だ。この「ローン・サバイバー」という映画で、仲間が自分の命と引き換えに危険な行動に飛び込んでいく姿に、やりきれない想いにとらわれた。戦友や、自分の指揮下の兵士が、死ぬとわかっていてそれでも前進していかねばならない状況に、わたしはどうしても過度な感情移入をしてしまう。「前世」という概念を認めるなら、ある意味説明のつきやすい感情なのかもしれない。この人生で軍隊に所属したわけでもないのに、こんなに戦争の特定シーンに何度となく動揺させられる自分が、どこかバランスを欠いているとは思う。そういう理不尽な状況が、いまだに世界で繰り返されている時、自分の力では解決がつかないその絶望感、無力感で、わたしは祈らざるを得なくなる。その状況をこの世界から無くす方法は自分では思いつけないが、自分になにか役割を果たさせてほしい、そう願う時、上の蒼い本の一節が思い浮ぶのである。

今回、映画館に足を運んで思ったのは、聖霊は、ここぞというときには、ほとんど抗し難いくらいに行動を促すということと、戦争に関する私の色々な想いが昇華される方法をはっきりと知らされた、ということである。

「アメリカン・スナイパー」の主人公のモデルは、2年前にある経緯で亡くなってしまったのだけれど、彼の生まれた年は私と同じだった。実人生では似ても似つかない生き方をしてきたのに、不思議な感慨を抱かずにはいられなかった。

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